VF4evoとビーフストロガノフの思い出
大学生のとき、彼女が大学の近くで1人暮らしを始めた。
彼女は「大学生で実家暮らしなのに、実家に自分の部屋がない」という不遇な生活を強いられていたので、1人暮らしを始めてテンションが上がっていたようだ。
そこで、「ビーフストロガノフをごちそうしてあげるよ~」ってことで僕は部屋に招かれた。
僕はクリーム色の食べ物なんて実家で出てきた覚えがない。だからクリーム色には懐かしさも思い出も無い。
ビーフストロガノフなんて産まれて初めて食べるかもしれない。どんな食べ物なのか楽しみだ。
彼女の部屋に行ってみると、なんとPS2と「VF4evo」(バーチャファイター4エボリューション)があった。
てかよく考えるとこれは僕が押しつけるように貸したもの。当時、僕は格ゲーの対戦相手が欲しいから彼女に色んな格ゲーを貸していた。
キッチンに2人入れるようなスペースはないし、ビーフストロガノフが出来るまでヒマだし、「ゲームやってていいよー」というからお言葉に甘えてさっそくPS2を起動。
「VF4evoはクエストモードが熱いんだよなー。昔ずいぶんハマった覚えがある。あれは大変だったな~二度とやりたくないかも。」
なんて独り言を言いながらVF4evoをセット。
ゲーセンを転戦して全国制覇する「クエストモード」を開始し、ラウの中段キックでひたすら連勝の山を築き始める。
これならビーフストロガノフが出来上がるまで時間を潰せそうだ。
ちなみに、彼女の部屋のテレビ前はぬいぐるみで埋め尽くされていた。
マイメロからノーブランドっぽい熊まで、色とりどりのぬいぐるみを画面の周りに配置。それにより画面にピントが合わず眼がシバシバして「これが女の子の感性か…」と驚いた。
必要なもの以外は何も置かない僕の真っ黒なデスクとは真逆だ。
暇つぶしのために始めたクエストモードだが、進行するうちに止まらなくなってきた。
「そこに山があるなら登るしかない」的な、手をつけたからにはクリアしなければならないという、ゲーマーとしての妙な(間違った)使命感が湧いてきたのだ。
ついにビーフストロガノフが完成して机に並ぶが、ゲーマースイッチの入った僕はコントローラーから手が離れない。
仕方ないのでロード時間の間に片手でささっと食べるような感じになった。
それでも彼女が怒らないので続行。
気がついたらビーフストロガノフを食べ終わっていた。
味とか全然覚えてないけど、美味かったのは間違いない。
てか牛肉入れてフォンドボーで煮込むんだろ?マズくなるわけねーじゃん。
彼女はビーフストロガノフの片付けを始め、冷蔵庫を開けて「あー賞味期限が危ないのがあるなー。これ食べるぅー?」とか色々喋っていたような気がする。でも画面に集中していたのでほとんど覚えていない。
ハイスピードな駆け引きとカードシステム「VF.NET」によってアーケードに第2のバーチャブームを巻き起こしたVF4。
そのアッパーバージョンがVF4evo。
僕は大学卒業から数年後、再びクエストモードをクリアした。
そのときの戦法はやっぱり中段蹴り。アキラでひたすら3K連打。
なぜかカウンターで入りまくり、ガードされてもリングアウトまで押せる。
対人戦の雰囲気を出すためにCPUの超反応を抑えているためか、逆に単調な戦法が終盤まで通用するようだ。
難なく100連勝して「もっと強い奴と戦いたい!」というアキラの気持ちとシンクロ。
そうして常勝しながら次の店へ行く繰り返し。
このように、前半はサクサク進んで楽しい。
しかし、だんだん作業感がツラくなってくる。
中盤からは、ノルマが制覇率50%なのに1勝で上がるのは0~2%だったりして作業感が倍増。ツラい。
達成条件は色々変わるが、エンブレム、店内ベスト3、覇王7人、いずれも一定の人数を倒した後に出現するため結局50勝以上するしかない。
50勝→50勝→50勝の繰り返し。無限地獄で精神は限界寸前となった。
さらに、終盤は実在の有名プレイヤーを模した相手が登場し、CPUが密着ガードから確実に反撃してくる。
もう連打だけでは運ゲーで、間合い調整を取り入れた上でいつ負けてもおかしくないような接戦が続く。
それでもなんとか勝ちを拾い、最後のイベント「格闘新世紀Ⅱ」を優勝してエンディングにたどり着くことができた。
最終的には、エンディングまでに320勝、6時間かかった。
最初からこの作業量を提示されていたらやる気にはならないだろう。
達成条件を小出しにするゲームデザインの勝利といえる。
やってみて思ったのは「こんな作業量を他人の部屋で黙々とこなしてたのかよ…大学生の俺狂ってる」。
結局、僕は彼女の部屋でVF4を一心不乱に6時間プレイし続けた。
午後6時にゲームを始めて日が変わる12時にクリア。
その頃には、終盤のCPUに負けたことで、あろうことか僕の方が不機嫌になっていた。
ビーフストロガノフは既に消化して腹が減り始めているので、「その冷蔵庫の賞味期限が危ない食い物をよこせ!」と言って食料を奪い、ビーフストロガノフの片付けも、PS2の片付けもやらずに帰った。
彼女は不機嫌というより「この人は一体なにをやっているんだ?」という不思議そうな顔をしていた気がする。
あとで聞いたところ、彼女はラウの勝ち台詞「敗者は股をくぐれ!」がしばらく耳に残って離れなかったそうだ。
彼女の部屋にはその日以来ほとんど行かなかった。
彼女は色々あって1年ぐらいで一人暮らしをやめて実家に戻ったので、あの部屋の思い出はVF4evoだけになってしまったのが寂しい。
現在、自分の行いを思い返して「悪いことしたなぁ~」と後悔している。
ちなみに、その彼女とは今もつき合っている。
しかし彼女が愛犬パピヨンちゃんを得たことで僕の存在が格下げされたようで、今はビーフストロガノフなんて作ってくれない。
VF4evoで犯した愚行を考えれば当然の報いといえるだろう。
ビーフストロガノフ…あのクリーム色が懐かしい。
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